無知と無能の間に

無知無能者、固人之所不免也

あるビットコイン論

いまさらではあるが、川上量生氏のビットコイン論を読んだ。

決定版:ビットコインとは結局なんなのか?

ただ、著者のK氏は、ドワンゴ創業者の川上量生氏ではないと主張している。であるので、ここでは、K氏の論として話をすすめる。面倒な設定だ。

さて、K氏のビットコイン論の要旨をまとめる

  • ビットコインは決済のための通過としては認証が遅く、コストも高いので適さない。
  • ビットコインは大量の取引データを処理するのには向かない。
  • ビットコインが普及していくと、個人のコンピュータが参加するのは困難なくらいにデータ通信量や共有する過去の取引履歴のデータ量が肥大化する。
  • 性能、処理能力を考えた場合には仮想通貨のシステムはP2Pソフトではなくサーバー型で構築すべきである。
  • 仮想通貨をサーバー型で構築するのではなく、P2Pソフトで構築するのは、根本的には法律で規制されないためである。その際にビットコインは中立な通過であるというイデオロギー的な主張が付随している。
  • 現状でもビットコインの取引量は限界に近づきつつあり、クライアントソフトウェアのバージョンアップで対応されるだろう。
  • ビットコインの仕様はクライアントソフトウェアの仕様を変更し、普及させることができればいくらでも変更が可能。
  • 取引所でのビットコインの取引は、ビットコインのネットワークから切り離されている。
  • 取引所はビットコインを売買しているのではなく、ビットコインと交換できる権利を売買している。
  • ビットコインと交換できる権利を売買しているのであれば、金本位制ならぬビットコイン本位制によるサーバー型の仮想通貨を発行しているのと同じ。

K氏のビットコイン論は、根本的な誤解がある。そもそも通貨の認識が誤っている。だから「仮想通貨をサーバー型で構築するのではなく、P2Pソフトで構築するのは、根本的には法律で規制されないためである」という結論を導こうとしている。

通貨とは何か?

では、通貨とは何か。K氏は通貨は国家(権力)がその発行を独占するものだと述べているが本当だろうか。

そもそも、通貨は価値を交換するものだ。

例えば、途上国では自国の通貨よりドルが使われていたり、刑務所の中では、タバコが貨幣の役割を果たすようになることが観察されたりしている。これはどういうことか。刑務所内では「タバコ」が、ある交換価値を持つということが囚人の間で共有されているということだ。つまり通貨が「流通」するには、流通している人間の間に「共同幻想」がある必要がある。

通貨に価値があると信用させるためには、最終的にそれに見合う収入が政府にあること(露骨にいえば徴税能力)を証明しなければならない。通貨というのは、国家が表面的に発行を独占できても、流通を強制することはできない。どんなに政府(権力)が強権をもってしても、自由に通貨を操ることはできない。

繰り返すが通貨が流通するということは、通貨を使う人間の間で「1万円札は1万円の価値がある」という「共同幻想」を持つことで成り立っている。「1万円札は1万円の価値がない」と思う人間が増えれば(通貨に信用がなくなれば)、インフレという形で現れる。そして国家はこの「共同幻想」を、国民に強制する手段は持ち合わせていない。強制しようとした為政者は多くあったが、いずれも失敗に終わっている。

この「共同幻想」をインターネットに実装しようとした試みが、「ビットコイン」なのだ。だからアメリカの西海岸のエンジニアたちが夢中になった。

ビットコインとは

ビットコインは、インターネット上に構築された仮想通貨の一種で、サトシ・ナカモト(カリフォルニア在住の日系二世という噂)がインターネットに公開した「Bitcoin : A Peer-to-Peer Electronic Cash System」という論文が元になっている。

採掘だのなんだのと面倒な話もあるが、ビットコインの肝は、K氏の指摘の通り、仮想通貨に「PtoP型」のシステムを採用している点だ。

どういうことかというと、ビットコインに参加しているコンピュータが、仮想通貨「ビットコイン」全ての帳簿(取引情報)を共有していることだ。PtoPですべての取引を送受信して、参加者全員が、同じ帳簿を持っていることになる。全員が帳簿をもつということは、全員が帳簿の取引を監視しているのと同じことになる。であるから、悪意ある者による帳簿の改ざんは、ほとんど不可能になるということだ。これが通貨の持つ「共同幻想」を仮想通貨の上に成り立たせようとう発想の原点だ。ビットコインの思想といってもいい。

K氏のビットコイン否定論の問題点

もちろん、K氏が述べているように「帳票管理と通信システム」としてみれば、「PtoP型」より「集中サーバー型」が効率がいい。「ビットコインは有限だから駄目」みたいな馬鹿の極みみたいな批判よりはマシだが、通貨の本質を理解していない点では同じ穴のムジナだ。

貨幣のもつ「共同幻想」をシステムに落としこむには、「集中管理型」でなく「PtoP型」を本質的に選択しざろう得ない。しかし、K氏の論の構築は、貨幣のもつ「共同幻想」の論理解体が欠けていて、話にならない。知らないのか、あるいは知っていてあえて無視しているのか。

K氏は相変わらず、技術論と個人の経験からしか語っていない。そもそも企業経営者とは絶対経験主義者であり、知性的なものを馬鹿にする傾向があるのかもしれない。

そしてK氏の発想の根源には、「自己の優位性のアピール」がある。大きな結果を残したという意味では、その通りなのだが、だからといって自分の言っていることが常に正しいという認識は、どこかで穴に落ちる可能性がある。ぜひ落ちてほしい。ぜひ。