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無知と無能の間に

無知無能者、固人之所不免也

堀江貴文と寿司職人と

堀江貴文氏はが「寿司職人が何年も修行するのはバカ」と発言して、物議を醸している。寿司職人として一人前になるためには「飯炊き3年、握り8年」という話についても、「そんな事覚えんのに何年もかかる奴が馬鹿って事だよボケ」とも。なるほど。いつものことだ。

ところで、堀江貴文氏は自身のYoutube番組「ホリエモンのQ&A72」で、ライターからの質問について、以下のように語っている

「仕事は方法論とか差別化とかじゃねーよ!成功する人は才能があるうえで人の何十倍も努力してる」 「書籍『ゼロ(堀江貴文著)』のライターの古賀史健さんなんかを見ていると思うんですけど、現代のイタコという感じで本人が乗り移っているような、本人よりも本人らしい言葉で書ける状態なんです」。 「その裏側には膨大な努力の痕があって、キーボード叩きすぎて腱鞘炎になったり、私の本を40数冊全部読んで付箋びっしりだったり」。

びっくり。怒涛の根性論。寿司職人の努力を馬鹿にする前述の話と相反する意見だ。なぜ寿司職人の弟子を馬鹿呼ばわりして、子飼いのライターを褒めちぎるのか。確かに、「無駄な努力」と「有用な努力」の差はある。しかし、それ以上に深い谷を感じる。

いや、そんな難しい話ではないのかもしれない。要するに堀江氏の収益に直結するからだ。氏にとってはライターを褒めることは生産設備のメンテナンスの一環なのだ。褒めて人を感動させる文章が生産されるのであれば安いものだ。徹底的な、拝金主義者なんだから驚くことでもない。臭い飯を食って、シャバにでてきたときに残った「知名度」を徹底的に換金手段として利用しているわけだ。SEALsを攻撃するのも同じ理由で自分の収益を害する可能性を叩いて、炎上を起こし耳目を集めることが彼にとってのブランディングの手段なのだ。

そう考えてみると、刑務所で転向することな拝金思想を純化させてきたということになると、やはり信念のある人間を刑罰で矯正することはできないということなのかもしれない。