読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無知と無能の間に

無知無能者、固人之所不免也

シンプルな理由のシンプルではない背景

ビジネスモデル 企業経営

読んだ。

「シンプルな理由」みたいな今どきの耳目をひこうとするタイトル(「キャッチー」とかいうのか?)の記事は、注意深く読まないといけない。「コーヒー大成功には理由がある」と書いたうえで、その分析は「コーヒーの市場規模が大きから」という。その根拠として、スターバーックスなどのコーヒーチェーンの売上と比較して、以下のように書いている。当該記事より引用。

コンビニ・コーヒーの規模はすでにコーヒー・チェーン大手を上回っているのだ。 (中略) ところが不思議なことに、これほどの規模の競合が出現したにもかかわらず、既存コーヒー・チェーンは思ったほどの影響を受けていなかった。少なくとも現時点においては、コンビニ・コーヒーは既存のコーヒー・チェーンの顧客を根こそぎ奪っているという状況にはなっていない。それどころかコンビニ・コーヒーは、外で気軽に珈琲を飲むという習慣を定着させたという意味では、むしろ新しい需要を生み出したと考えてよいだろう。

ズッコケそうになった。なんとも底の浅い記事だ。

コンビニコーヒーの直接の競合は「スターバーックスなどのコーヒーチェーン」よりも、販売価格と販売網の重なりあいからいっても「自動販売機の缶コーヒー」だ。直接、缶コーヒーの販売データを掲載した資料は見つからなかったが、参考に上げた論文の中に「缶コーヒーの売上が2005年をピークに右肩さがり」としている。

そもそも、参考文献の2番目にあげた記事にもあるように、コンビニコーヒーはいきなり登場してホームランをかっ飛ばしたわけではない。長い間、何度もチャレンジと失敗を繰り返したうえで(この記事では30年としているが)、やっと成功といえるものを掴んだのだ。

何度も試行錯誤した結果、今のコンビニのカップコーヒーはよくできている。販売するコンビニ側の利点は以下のようなものだ。

  • 客が自分でドリップマシーンを操作するので、店員の労働時間を使わなくてもよい
  • 味についても砂糖やミルクをその場において、客が自分で調整してくれる。
  • ホットコーヒーについてはカップをレジ内でストックするので店舗の商品ケースを占有しない

特のキーポイントとなるのが、客が自分でドリップマシーンを操作するというものだ。コンビニに設置されたドリップマシーンは、「カップをセットしてボタンを押すだけ」のシンプル設計になっている。そして、ホテルやファミリーレストランにドリンクバイキングが当たり前のように存在するようになり、そこにドリップマシーンが置かれるようになって、客が自分自身で機械を操作するという行為に抵抗がなくなったとう面がある。コンビニ側の継続した努力とともに社会風習のちょっとした変化がマッチしたという点は重要だ。

一方で、客の利点は、ある程度の労力を引き受けることでスモールカップ100円で、コーヒーチェーンが提供するような味のコーヒーが楽しめるという寸法だ。

記事が指摘するようにドーナツ販売は、カップコーヒーがうまく行ったから、コーヒーにお供にという理由で提供した点は否めない。しかし、一発目だ。おそらくチャレンジは続いていくのだろう。しかしドーナツからまったく別なものに変わっている可能性はあるかもしれない。和菓子かもしれないし、現時点で想像もつかないものなのかもしれない。

コンビニコーヒーとコンビニドーナツに通底するものは、手垢のついた言葉だが「変化を追い求めている」ということだ。常にコンビニエンスストアが「頭打ち」「市場飽和」などというキーワードで語られている状況に反し、ブルドーザーの如く今でも流通業界を突き進んでいる。この状況は、新規の取り組みにチャレンジしていこうという文化が根付いているからできることだ。コンビニのコーヒー事業もドーナツ事業も一断面に過ぎない。最初に取り上げた記事には、この視点が欠けている。

参考