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無知と無能の間に

無知無能者、固人之所不免也

ポケモンGOが開けた扉

先日、東京都内の某公園を夜9:00ごろ通ったが、夜に都心とは思えないほど暗い公園の中でスマートフォンに見入りながら、右往左往する群衆を見た。そう、ポケモンGoに興じる一群だ。という私も、用事の帰り道に立ち寄ったとはいえ、ポケモンGoをやりながら彷徨う一人であったわけだが。

それはさておき、このような現象が発生すると、必ず「自分はやっていない」「興味が無い」と頭から否定する言説を振りまく人間が現れる。人間の群体としての性質は面白いもので、ブームにはカウンターが発生する。否定する人たちというのは、他人に冷水を浴びせかけることで自分が他者より優れているということをアピールしにかかっているのだ。しかし、その手の人たちに火をつけたというものを「社会現象」というのであり、ポケモンGOはまさに興味深い社会現象だ。

さて、ポケモンGOの実装面に着目してみる。ポケモンGOはプロトタイピングの申し子といもいうべきほど、手軽につくられている。地図情報はGoogle Mapそのものだし、ポケストップやジムの位置情報はGoogle社内ベンチャーとして始まったIngressのユーザーが集めてきたスポットをそのまま流用して作っている。ゲームのベースラインもIngressから引っ張ってきている。ポケモンGOは寄せ集めの技術で作り上げたものだが、関連記事を読むとアイデア着想からサービス開始まで2年しかかかっていないという。恐るべきスピードだ。

つまりポケモンGOは技術面で新しい物は何もない。GPS情報を使ったゲーム、いわゆる「位置ゲー」もIngress以前にあった。ARもすでにあった。しかも、ゲームの操作は至ってシンプルで、目新しいギミックはほぼない。ではポケモンGOは何を生み出したのか?その問について、ポケモンGOソニーウォークマンに似ている。

ソニーウォークマンは「音楽をパーソナル化して外に持ち出す」ことに成功し、ゲームチェンジを果たした。今からは信じられないことだが、ソニーウォークマンが出るまでは、音楽は部屋のでかいスピーカーでソファーに腰を掛けながらゆったりと楽しむものであった。ウォークマンが登場した時、やはり嘲笑を持って迎えられた「外で音楽を聞くバカはいない」。しかしウォークマンは熱狂的に受け入れられ、同様にカウンター勢力から批判され、ヘッドホンの音漏れで殺人事件が起きるというようなことも起こった。しかし時間をかけてこの社会現象は音楽文化になった。

ポケモンGOは「野外空間をパーソナル化して、歩行移動を作業からエンターテイメントに変えた」といえる。ゲームの些細なことは色々と議論があるだろうが、位置ゲーとARの可能性を多くの人(世界で数千万人いるというアクティブユーザー)に認識させたことが重要だ。これでポケモンGOを超えるものを企むチャレンジャーが現れるはずだ。ベンチャーキャピタルの財布の紐は確実に緩んだ。

ポケモンGOがこの先も勝者になりうるかどうかは分からない。しかし、少なくとも「位置ゲーは儲からない」という仮説をふっ飛ばした。

参考